頭の上を - asamesi/mae GitHub Wiki
頭の上を、騒がしく啼いて通る鴉の群を、私はしばらく眺めてゐた。その声は鳥といふよりも寧ろ獣に近く、例へば咽喉をからした小猫の啼き声を想ひ出させる。夕闇を更に暗くするほど、忽ち空一面を覆つた無数のこれらの鴉は、街の上をひと廻りして東へ飛び去つた。 三本脚の野良犬が餌をあさりに来た。私は肉の一片をつまんで、こいつを門の外へ連れ出した。すると、あちこちから、大小さまざまな犬が寄つて来た。見ると、どれもこれもびつこをひいてゐるか、腰をひん曲げてゐる。私は、急いで門を閉ぢさせた。 「さあ、明日はいよいよ出発だ」 堀内氏は感慨深げに叫んだ。 「やつぱり汽車は出るんでせうね」 昼間、私は、鉄道に関係のある将校から、明日新楽行の軍用列車に乗せて貰ふ許しを得てゐるからである。 「大概、大丈夫と思ひますが……。わしの方はなにしろ大勢だから……」 「一緒に行けますね」 「何処までおいでですか?」 「先づ石家荘まで」 「わしも石家荘へ行きます。それから、命令でどつちへ出掛けるか……」 「僕も、行けるところまで行きますよ。連れてつて下さい」 「わしについてゐさへしたら安心です。これから先はあぶないと思つたら、教へてあげます」 さうだらう。かういふ戦場では、どこが危いといふことを知ることさへ、素人にはむづかしいのである。 夜が更けた。 私は城内に帰らねばならぬ。堀内氏も警察局に用があるといふので、一緒にこの家を出た。 城門にさしかゝると、歩哨が誰何をした。戦地では、この「誰か?」に一度で返事をしないと、命があぶないのである。 「文芸春秋社特派員」 云つてしまつて長すぎたなと思つた。「従軍記者」でよかつたのだ。 銃剣がぴかりとして、私たちは衛兵所の前に立つた。 「通過証は?」 司令が訊ねた。