今述べた例は - asamesi/mae GitHub Wiki

今述べた例は、純化せられて行つた話であるが、時代を経ると共に、不純になつた例もある。河童は、妖怪の一種のやうに考へられてゐるが、もとは、田に水を与へる、水の神様であつた。其が後に、水を祀るのに、物を賭けるやうになり、かけ物が重く見られて来ると、水欲しさに、命まで賭けて了ふやうになつた。其が何時か、神が命を要求する、といふやうに考へられて、妖怪のやうな河童が、農村に考へられた。逆推すると、河童は、純粋の水の神であつた。即、これは、堕落した神の例である。淫祠・邪神とせられてゐるものゝ中にも、元は純粋であつたものも、多く含まれてゐるのである。 更に考へると、出雲大社にあつても、記・紀では、おほくにぬしの神と教へてゐるのに、中世の事実では、立派に、すさのをを祭る事になつてゐる。此は、神が代つてゐるのである。 又、信州の諏訪明神は、たけみなかたの神を祭つてゐるのに、中世では、甲賀三郎に変つてゐる。伊吹山の洞穴に、妻覓ぎに行つて、蛇体となつた三郎は、法華経の功徳で、人界に戻つた。さうして死後、諏訪明神となつたといふ。諏訪明神が、蛇体と考へられたのは、新しい信仰ではなく、平安朝末からの事である。浄土宗の説経を集めた、安居院神道集には、諏訪明神の本地として、右の甲賀三郎の話が出てゐる。此不思議な話の出来た理由は、他の機会に譲るが、何故、かうした信仰が、平安朝の末から、鎌倉時代にかけて、盛んになつたのであらうか。現に法華宗には、諏訪霊王といふものがあるが、甲賀三郎のことである。此は、神が零落した例である。 看護師 求人 看護師求人で支度金が出るサイト