わたしには、どうも想像力っていうものが - asamesi/mae GitHub Wiki

「わたしには、どうも想像力っていうものがなくってね。」と、母はよくいったものだ。 「想像力がない」と彼女がいったのは、それは想像力といえば、小説を作るというようなことだけをいうものと思っていたからで、その実、母は自分では知らずにいるのだけれど、およそ文章では書きあらわせないような、まことに愛すべき、一種特別な想像力をもっていたのだ。母は家庭向きの奥さんという性の人で、家の中の用事にかかりっきりだった。しかし、彼女のものの考え方には、どことなく面白いところがあったので、家の中のつまらない仕事もそのために活気づき、潤いが生じた。母は、ストーヴや鍋や、ナイフやフォークや、布巾やアイロンや、そういうものに生命を吹きこみ、話をさせる術を心得ていた。つまり彼女は、たくまないお伽話の作者だった。母はいろいろなお話をして、僕を楽しませてくれたが、自分ではなんにも考え出せないと思っていたものだから、僕の持っていた絵本の絵を土台にしてお話をしてくれたものだ。  これから、その母の話というのを一つ二つ紹介するが、僕は出来るだけ彼女の話しっ振りをそのまま伝えることにしよう。これがまた素敵なのである。 作業服