まず、その月の給料は - asamesi/mae GitHub Wiki

 まず、その月の給料は、半額しか支払われなかつた。工場内の不平が彼に向つて爆発した。彼は自分の俸給袋を、そこへ押しかけて来た人たちの前へ投げ出して、 「諸君の不満は尤もだ。この会社の処置を不当として、われわれは受諾できないことを、経営者側に僕は責任をもつて伝える。しかし、僕にはそれ以上のことはできない。できることは、たゞ、僕のこの半分の給料を、諸君の方へまわしてもらうということだけだ」 「ずるい責任回避だ。経営者の立場でわれわれの要求にこたえろ!」  と、一人がわめいた。 「僕は経営者じやない。一介の事務員だ。経営者の代弁はしても、常にその味方としてではない」 「そんなことが信用できるか! はつきり、どつちかの側について闘え!」  彼は、その声が女の声であるのに、ギクリとした。たしかにその通りだ、と思つた。 「そうか、もう闘いがはじまつたのか。よろしい。僕は、諸君を敵にまわすことに甘んじよう。いくらでも攻撃の矢表に立とう。だが、ちやんと戦闘の姿勢をとろうじやないか。まず、交渉委員を選んで、正式に要求を提出してもらおう」  こういう風にして、会社は、自然に争議の形にはいつていつた。  経営者側の弱点と、組合の無統制とが、程よく力の均衡を保つて、ひとまず妥協が成立したのは、京野等志の巧妙な策動の結果であつた。組合側の要求を一部抑えるとみせて、実はこれを全面的に受け容れ、経営者側から自発的に重役をはじめ幹部級の引退乃至減俸の声明を出させたのである。  彼は、そのために、父憲之を一晩、説きに説いて、無給監査役の地位を買つて出る決意を固めさせ、社長と常務一人を残して、他の取締役を一律に無給重役にする案を通させてしまつたのである。オーダーカーテン