ところが、そんなものばかりではありません - asamesi/mae GitHub Wiki

ところが、そんなものばかりではありません。諺も、必ず、一つの問題を含んでゐると言ふ形のものが出来て来る。常陸風土記で見ると、諺は多くは枕詞です。つまり、その地方で言ひ伝へてゐる重要な言葉と言ふことらしい。ところがその時分の京都の方では、全体にさう考へてをつたか訣らぬけれども、古事記や日本紀を通じて見ますと、まう少し違つて、一種の落し話の前形みたいな形をもつて来てゐる。 ある名高い話ですが、仁賢天皇の時の事、高麗に日鷹の吉士をお遣しになつた後、難波で女が泣いてゐた。この女は日鷹の吉士の妻なのですが、「於母亦兄、於吾亦兄、弱草吾夫※怜」(仁賢紀)と言つて泣いてゐた。この意味はお母さんにも兄さんだし、私にも兄さんだし、さうして私の亭主だ、と言ふ事でせう。それで「母にもせ、我にもせ、若草我つまはや」と言つて泣いてゐる。それでは訣らないが、それを訣るやうに、「秋葱のいやふたごもりを思ふべし」と説明した、と書いてあります。あきゞと言ふのは今何に当りますか、秋になると出る蒜とか葱とかの類でせうか。あきゞは中を割つて見ると、たまが幾つも這入つてゐる。ふたごもりと言ふ事は「ともに」と言ふ事です。非常に幾つも/\這入つてゐる。韓国デリヘル logly - mugiwaraさんのページ