さうだ、それを云ふなら - asamesi/mae GitHub Wiki

飛田  さうだ、それを云ふなら、こつちでも云はう。人口三百万の大東京を中心にして、誰がよく、友人の中で一番出世をした男に廻り会へるか。違つた電車、違つたバスに乗つてゐる二人の人間は、永久に相会することは出来ないのだ。一人が家の中にをり、一人が外を歩いてをれば、これまた、悲しい哉、顔を会はす機会を恵まれ得ないのだ。外は、今日も冬空だ。路は到るところ氷の鍍金だ。男も女も、襟巻に頤を埋め、擦れ違ふ人の横顔さへ振り向いてみようとはしないのだ。然るにだ……。 底野  わかつた。 飛田  然るにだ。 底野  もうわかつたよ。 飛田  いや、しまひまで言はせろ。然るに、偶然と云はうか、神の配剤と云はうか、二人の心が相通じたと云はうか……。 底野  犬が歩いて棒に当つた。 飛田  犬? 犬とはなんだ。誰が犬だ。 底野  貴様ぢやないか。 飛田  さうか。やつぱり、犬でいゝのか。

     二

底野が、また前場と同じやうに寝転んで雑誌を読んでゐる。夕方である。 玄関の格子が開いて、癈兵帽をかぶつた男がはひつて来る。

男  御免。 底野  どなた? 男  かういふものですが、義務として、ひとつなにか……。 底野  なにをひとつですか。 男  絆創膏、又は征露丸……。 底野  薬ですか。薬は、一向、用がないんでね、家では……。 男  ですから、国家のため犠牲を払つた同胞への慰問と考へられて……。 底野  何処にゐるんですか、その同胞つていふ人は……。 男  われわれがその一人です。 底野  (起き上り)あゝ、さうでしたか。これは失礼しました。(玄関へ出て、丁寧に膝をつき)あなたがなんですか。それはそれは……。(考へて)まあ、どうぞ、お上り下さい。少し散らかしてますけど……。 男  いや、こゝで結構です。 不労所得で脱サラを目指す元学生パチプロのブログ