行動のための知能 - HondaLab/Robot-Intelligence GitHub Wiki

知能の原理を探求する

典型的な例として,将棋をする人工知能は,決められた盤面上とルールの中でしか機能しません. 将棋人工知能は,新しい将棋ルールを考えたり,自動車を運転したりできません. 言い換えれば,人間(知能)によって与えられた,フレームワークの中でだけ,その「知能」を発揮できます.

そして将棋人工知能は本質的な意味での身体を持ちません. 外部環境と相互作用する必要はなく,決められたルールという「仮想環境」の中でのみ行動しているからです.

人間の知能は瞑想しながら進化してきたわけではありません. 外部環境と相互作用しながら進化してきました. また,1個人の成長においてもそうです. 一卵性双生児のように,遺伝情報が全く同じでも,相互作用する環境がそれぞれ異なれば,まったく同じ人格に成長する とは限りません.

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環境と相互作用するためには,五感や手足のような身体を持っている必要があります. ロボット知能(人工知能)も環境との相互作用を通じて知能を進化させることができると考えるのが自然ではないでしょうか. ロボットの身体と知能を環境と相互作用させながら進化させることで,知能の原理をさぐります.

つまり,行動するための身体をもった知能(ロボット)を実際につくり,それを様々に変化する環境の中で行動させることによって,知能の創発的構成論を実行します.

身体、環境そして知能が相互作用する:創発(EMERGENCE)

ロボットの行動は「知能」と「身体」だけで決定されるわけではありません. どのような外部環境のなかでロボットが行動するかによって,生成される行動は異なります.いわば,「知能」,「身体」および「環境」の3者がダイナミックに相互作用するなかで,行動が生まれます.このことを知的行動の創発といいます. 本来、出現あるいは発現という意味です.多体系の物理学などにおいて、元々あった概念ですが、ロボット知能などのような複雑系におけるEmergenceを,近年,特に「創発」と呼んでいます.

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構成要素の性質とは異なる能力を創発する

ロボット知能のように, 様々なシステムは多くの構成要素が複雑に相互作用し合うことによって機能しています(複雑系). それぞれの構成要素の機能の単なる和としてではなく,構成要素がもともと持っていないような機能が発現することを創発と言うこともできます.個別分断的に構成要素を観察しても,全体としての機能を理解することはできないということです.

創発される能力は環境に依存する

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ロボットが置かれる環境は,人間が置かれている環境とは一般に異なる可能性があります.た とえば,深海に潜るロボットであったり,原子炉の中に入るロボットであったり,空中を浮遊 するロボットをイメージすれば,人間が普段置かれている環境条件とは異なる環境条件の中で ロボットが行動することが想像できます.

「知能」,「身体」および「環境」が相互作用することによって創発する行動がロボットの能力 ですから,どのような環境条件の中で知的行動を実現するかということに依存して,結果とし て得られるロボット知能の形態は,人間のそれとは異なったものになることも十分考えられま す.

応用研究との方向性の違い

例えば飛行ロボット(ドローン)の3次元空間認識や飛行経路計画などの応用技術について考えてみます. 研究トレンドとしては,LidarやDepthカメラを多数利用して,高精度に自己位置推定したり,経路計画やナビゲーションが行われています.(2019.6)

自己位置認識の方法として,大きく分けるとモデルベースの方法とモデルフリーの方法があります(野波2017). モデルベースの方法の代表的なものとして,カルマンフィルターがあり,そこではモデルによる推定値と観測値の 積分布の分散を最小化するという原理が適用されます. つまり,推定値が観測値に一致するように,つねに調整しながら推定を進めるというわけです.

オンライン学習的に,カルマンゲインが更新されていくので精度高く(分散が小さい),時間遅れもある程度緩和(推定)されると考えられます. ただし,モデルベースでから,推定しようとしている系のモデルが適切でなければならないという宿命を持ちます.

もっと端的に言えば,モデルベース推定では自己の速度が分かっていなければならないですが,飛行ロボットにおいては,周囲の環境(空気)自体が 動いているので,自己の対地速度自体が知りたい情報であって,既知の情報ではないという決定的な問題点があります. 走行ロボットであれば,ホイールの回転速度によって自己の対地速度はかなり精度良く知ることができるので,カルマンフィルター(モデルベース) はかなり有効であると考えられます. しかし,たとえば飛行ロボットにおいてはそうは行かないでしょう. だからこそ,GPSのような宇宙から航空機の絶対的な位置を観測するシステムが発達してきたのです.

いっぽうモデルフリーの方法の代表はニューラルネットワークです. 学習データさえ十分に揃っていれば,系のモデル(速度など)が必要ないので,容易に自己位置推定などが可能となります (大谷・本田2019). ただし,どのようなメカニズムが働いているか(モデル)が未知のままとなる欠点もあります.

多数のセンサー群を利用して高精度の自己位置推定を行う場合,それらセンサーデータが何らかの事情で欠落した時に どの程度に推定が破綻するのかが問題となりそうです. つまり認識問題のフォールトトレラント性が問題です. 現に空撮用の商業ドローンが墜落する事例は多く,そのためにドローンには保険がかけられています.

たとえば,飛行ロボットの自己位置推定には,複数のLidarやDepthカメラが用いられるますが,それらが一部欠落した時に どのようなことが起こるのかが問題です. 精度が落ちるのは仕方ないとして,完全に破綻したのでは重大な問題をもたらすと考えられます.

前述のカルマンフィルターとニューラルネットワークをフォールトトレラント性において比較したとき,より優れているのは どちらでしょうか?

技術の進歩は,より高精度と高速度をもとめて複雑度を高めていきます. しかしそれは,より脆弱なシステムを構築していくことに対応するとも言えます. 僅かなエラーや欠陥が,重大な破綻を導く危険性をはらむのです.

いっぽう知能の原理とは,いわば知的行動をもたらす最小単位のことです. その原理が環境との相互作用を通じて,たんなる原理の足し合わせ以上の知的行動をもたらします(知能の創発). 現に生物がそのような進化を遂げています. 脳の中で起こっていることは,単なる神経細胞間の電気信号のやりとりなのです.

知的行動の創発という観点からロボット知能を構成する方が,よりフォールトトレラント性が高いと期待できないでしょうか.