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命題論理・述語論理
P∨¬P と P∨Q の違い: 前者は妥当式。Pの付値に依存せず常に真。論理的な真理であるともいわれ¬や⋁といった論理記号の意味や定義自体を根拠として真。一方 P∨Q は、P, Qの解釈に依存してその真理値が決定する。別の言い方をすれば、P⋁Q が真である(もしくは偽である)ということは、P, Qの真理値に関する何らかの情報を持つ。つまり P⋁Q は世界を語る。一方 P⋁¬P は恒真であるがゆえに世界を語らない。
妥当式と定理式の違い: 妥当式(やトートロジー)は意味論での用語で、任意の解釈に対して常にその真理値が真になるような式を表す。一方 定理式は証明論での用語で、公理系で定められた定理および推論規則から導出される式を表す。簡単にいえば「妥当式は正しい式。定理式は導出できる式。」とは言え全く無関係な概念というわけではない。「全ての妥当式が定理式である」が言えるときその体系は完全であるという。
トートロジーと妥当式の違い: (個人的にはこだわる必要がないと思う)「述語論理は命題論理を含んでいますから、トートロジーは述語論理の中で妥当式として再解釈されることになりますが妥当式のすべてがトートロジーというわけではもちろんありません(野矢 p102)」つまり、a.「トートロジーならば妥当式」 は成立するが b.「妥当式ならトートロジー」は必ずしも成立しない。a.を示すのは簡単。任意の解釈 I に対して、I に対応する真理値表の行が存在する。そしてその行に対して命題の真理値分析をすれば必ず真になる(だって恒真だから)。なので任意の解釈でトートロジーは真になるので、トートロジーは妥当式である。b. を示すには反例をあげればよい。反例は、(野矢 p102)から引用すると、∀xFx→Fa。これは妥当な式であるが、トートロジーであるといえない(どのように真理値分析すればよいのかわからない。P→Pではないし、P→Q なら恒真関数ではないのでトートロジーといえない)。
P→P, P⊨P, PならばP の違い: P→P のみが統語規則に則った式である。→は、意味論ではPが偽である場合かPが真でQも真である場合に真となるように意味付けされる。一方、P⊨P はメタ論理の式で、論理的帰結を示すために使用される記号であり、Pという前件のもとで、Pは真であることを意味する。なお演繹定理を使えば、これは ⊨P→P と同値であるので、「P→Pは恒真式である」と同値。最後に P ならば P は文脈による。
推論って意味抜きで形式的にやるんだよね: そうでもない。意味論の範囲で推論するのは極めて普通の営み(例: 演繹定理・カット・背理法・タブロー)。確かに、ある命題から別の命題を導くのは公理系における推論規則によって形式的になされ、意味論ではモデル・解釈を与えて充足性を見るといった方法が第一義である。しかし意味論においても推論は式列の充足可能性という概念でとらえることができ、演繹定理・タブローなどの道具立てが導ける。一旦道具立てがそろってしまえば、直接 真理値分析や充足可能性の議論をせずに式変形が可能となる。
解釈・構造・モデルの違い: 解釈とは統語規則に則った記号列(すなわち式や項など)に意味を付与することに対応。意味論がそう名付けられる所以。そして、「解釈を定める」=「構造を定める」+「割り当てを定める」となる。構造を定めるとは 議論領域 D を定め、各定数を D の要素に対応付け、各述語記号や各関数記号を写像とみなしたうえでその意味を付与することである。割り当てを定めるとは、各変数記号に D 上の要素を割り当てることを指す。最後に、モデルとは構造の性質の一つ。構造 M が、論理式の集合 Γ が同時に妥当式である場合に、M は Γ のモデルであるという。
完全性とか決定性とかについてまとめてほしい: 命題論理は完全で無矛盾で決定手続きが存在する。一階述語論理は完全で無矛盾だが決定手続きが存在しないことがある。数学は完全でも無矛盾であるともいえない。一階述語論理の決定続きに関しては、論理式が変項を含まないような場合や∀∃標準形に変形できる場合などの限定的な場合に限っては決定手続きが存在する。
集合はZFCすなわち述語論理から導出されている概念であるのにも関わらず、集合は意味論における各種概念を定義するために使われている。これは循環定義になっていないか?: 証明論における形式的証明はそれらに依らない。
不完全性やパラドックス回り
ラッセルのパラドックスって一階述語論理と関係ないよね?: 関係ない。ラッセルのパラドックスは一階述語論理ではなく、数学の基礎づけを行うときに出てくる困難だ。数学の基礎づけの際には関数の関数(述語の述語)というように二階の記述が必要になり、そこにパラドックスが発生する。二階の述語論理には影響する。
ゲーデルの不完全性定理って述語論理と関係ないよね?: 関係ない。むしろゲーデルは一階述語論理の完全性を証明した(完全性に二つの意味がある)。不完全性定理が適用されるのはメタ論理を体系にエンコードできるような体系である。一階述語論理はそれに当てはまらない。なお、一階述語論理を少し拡張した等号付き一階述語論理も完全であることが知られている。
Pも¬Pも証明できないから命題論理は不完全では?: それは違う。不完全性定理で示されるのは閉じた式についての言明である。それは解釈によらない、すなわち論理記号の使われ方によってのみ真であるというような性質のものであって、命題論理におけるPのようなものではない。閉じた式というのが命題論理では明確に定義できないので歯切れが悪くならざるを得ない。そのため、本によっては閉包という概念を持ち出したりする。
その他
排中律と似た概念: 排中律: A∨¬A, 無矛盾律: ¬(A∧¬A), 爆発律: A∧¬A → P