LW1 - 41semicolon/41semicolon.github.io GitHub Wiki

命題記号として P を用いるか aRb を用いるか: 3.1432 について。思考の知覚可能な表現手段としてインクの染み aRb を用意しよう。このような目的で導入された物理的な実体を命題記号と呼ぶので、命題記号 aRb を用意したと言ってもよい。命題記号は思考すなわち像であるので、内部構造を持つ(Pという一文字のアルファベットを採用しなかった「説明上の」理由はここにある)。この例では、命題記号 aRb は、分節化され語 a と b を取り出すことができる(なお a, b が対象に対応する場合、単純記号もしくは名と呼ばれる)。そして a, b が Rというインクの染みの両側に配置されているという事実が、aRb (という塊のインクの染み)という事実を語る(補足: もし最初に導入した命題記号をPという一文字のアルファベットで導入してしまっていたら、aの出自はなんなのかという混乱を招くことになっただろう)。以上に示したように、命題記号を P として採用するのではなく、aRb を採用するということは、命題の分析(もっと言えば解明)の手がかりを与えるという意味で教育的である(がそれは必須ではない)。

「A は P と考える」と「『P』は P と語る」: 5.541 について。前者は a. 事実と対象の対応関係 であり、後者は、b. 対象と対象の対応を通じて得られる事実相互の対応関係である。 LW 曰く、問題になるのは a.ではなくb. だ。A を田中とし、P を雨が降るを意味する命題とし、『P』を(Pという)発声としよう。a. は「田中が雨が降ると考える」という記述は、「雨が降る」と「田中」の対応関係を記したものだと理解されうる ということ。b. は、「Aの発声」 と 「雨が降る」の対応関係。確かに、a. は b. に帰着できるように思われる、ゆえに 5.4 での主張:命題が(基底として以外の方法で)ほかの命題に現れることはない、ことの例示としても妥当である。

無意味とナンセンス:

操作と関数:

語ると示す:

名の論理形式:

シンボルと記号: