フラットテキストは情報アクセシビリティの最適解か?支援技術を阻害しないDRMを! - Japan-Daisy-Consortium/documents Wiki

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フラットテキストは情報アクセシビリティの最適解か?支援技術を阻害しないDRMを!

慶應義塾大学政策・メディア研究科特任教授 村田 真

はじめに

最近、フラットテキストが情報アクセシビリティの優れた解であるという議論をよく見る。構造化文書の研究・開発・標準化に30年以上関わってきた私[1,2,3]からすれば、フラットテキストが最適解であるという意見には承服しかねる。現実解の一つであることは認めるが、情報アクセシビリティの今後のインフラストラクチャーとなり得るものではないと思う。この文書ではその理由を説明する。

文書構造

文書処理の歴史を振り返って見れば、テキストに論理的な構造を与えるという方向にずっと進んできたことは疑いない。今日のオフィス文書(OOXMLとODF)、Webページ(HTML)、ページものの印刷物(InDesign)は、いずれもその方向に沿っている。そして、論理構造つきのテキストから、IT技術によって高度なレイアウトを得ている。

アクセシビリティのための支援技術も、この流れにそって発展してきた。それは、DAISYコンソーシアムやW3Cのアクセシビリティ技術を見れば一目瞭然である。OOXML文書(すなわちMS Office文書)についてもまったく同じことが言える。

情報アクセシビリティにおける論理構造つき文書の利点を一つだけ示す。それはナビゲーションである。先頭から順に読んでいく物語ならいざ知らず、報告書のような文章を読むときは、前の章に戻ったり、章を一つ読み飛ばして次の章に行くようなナビゲーションがきわめて重要である。ナビゲーションが不十分なら、先頭から順に読んで行く以外の方法はなくなってしまう。私の知る視覚障害者の多くは、誤読をそれほど問題視しないが、不十分なナビゲーションを深刻な問題と考えている。

このように、文書構造を活用した情報アクセシビリティが技術トレンドであることは明らかである。フラットテキストを用いた情報アクセシビリティは、それに逆行するものであって、今後のインフラストラクチャーとなり得るものではない。

DRM

フラットテキストが優れていると思われている理由の一つは、DRM(デジタル著作権管理)が掛かっていないからであろう。そのため、DRMに妨げられることなく、慣れ親しんだ支援技術を用いて読むことができる。

一方、商用の電子書籍の多くにはDRMが掛かっている。情報アクセシビリティが十分であって使い慣れたリーダが存在しても、DRMがかかっているため、そのリーダを用いて読むことができない。この問題は以前から知られており、欧州アクセシビリティ法のSection IVではDRMがアクセシビリティ機能を妨げないことの保証(ensuring that digital rights management measures do not block accessibility features)が要求されている[4]

DRMを掛けずに商用の電子書籍が提供されれば、この問題は一応なくなる。しかしDRMを掛けない形での提供を義務付けることは出版ビジネスの存続を脅かしかねない。

となると進むべき方向が見えてくる。それは支援技術を阻害しないデジタル著作権管理[5]である。平成22年度の総務省委託事業でそのようなデジタル著作権管理が検討されたが構想だけに終わった[6]。しかし、今ならこの方向のISO/IEC技術仕様が存在する。ISO/IEC TS 23078-2:2020[7]である。これはReadium LCP[8]という仕様を追認したもの[9]であり、もともとヨーロッパの半官半民の組織であるEDRLabによって開発された。ヨーロッパでは、この仕様を用いることによって、DRMに阻害されることなくEPUB書籍に支援技術を適用している。

日本国内ではどうすればよいのだろうか?ISO/IEC TS 23078-2:2020をDRMとして用いた電子書店が一つ出現すればよい。そうすれば、商用電子書籍についてDRMに阻害されることなく支援技術を利用することができる。Readium LCP仕様書の日本語抄訳[10, 11]はすでに用意してある。

現実解としての利用

フラットテキストは最適解ではないと主張しているだけであって現実解の一つであることを否定しているわけではない。フラットテキストの読み上げに慣れた利用者はいるだろうし、ナビゲーションを必要としない文書もあるだろう。情報アクセシビリティの今後のインフラストラクチャーとなり得るものではないことを承知したうえで現実解として提供するという判断はあり得る。

また、EPUB化されていない電子書籍について、最低限のアクセシビリティのためにフラットテキストを用いることは十分にあり得る。EPUBがアクセシブルでない場合(たとえば、すべての文字が画像になっているEPUBや、目次での出現順が本文と違うEPUB)についてもフラットテキストは有力な手段となる。

参考資料

  1. 文書フォーマットの国際化とオープン化
  2. Wikipediaの記事「村田真」
  3. Google scholarによる村田の論文リストと引用回数
  4. European Accessibility Act(欧州アクセシビリティ法)概要と電子書籍のアクセシビリティ要件 <修正版>
  5. LCP: アクセシビリティと両立する著作権保護DRM
  6. アクセシビリティを考慮した電子出版サービスの実現 (総務省 平成22年度新ICT利活用サービス創出支援事業)
  7. ISO/IEC TS 23078-2:2020 Information technology — Specification of DRM technology for digital publications — Part 2: User key-based protection
  8. What is Readium LCP ?
  9. An EPUB DRM based on LCP to become an international standard
  10. Readium Licensed Content Protection Specification 1.0の日本語抄訳
  11. Readium License Status Document Specification 1.0の日本語抄訳